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女性起業家リレーインタビュー

キャリアを積んだのち、企業の社長として夢を実現してきた女性起業家たち。

その強く、美しい生き方、働き方、想いに迫る、スペシャルインタビューがスタート。

彼女たちが毎回、ご友人の女性起業家を次々に、リレー形式でご紹介! 欠かさずチェックして。

Back Number
Vol.15

ヴィリーナ ジャパン 株式会社

代表取締役 青木 愛さん ai aoki

プロフィール

1973年生まれ。日本女子大学卒業後、'96年に婦人画報社(現アシェット婦人画報社)に入社。『ラヴィ ドゥ トランタン』、『ヴァンサンカン』、『ヴァンテーヌ』の編集者として主にファッションページを担当。2003年に同社を休職し、渡米。NYの『エル・ガール』編集部にてインターナショナル ファッション コントリビューターとして活躍。'05年に帰国。エル・ジャポン編集部に配属。同年アシェット婦人画報社を退職し、'06年に起業。マタニティウェアの販売を行うサイト「ヴィリーナ マタニティ」を立ち上げる。

★ヴィリーナ マタニティ
http://www.virinamaternity.com
★青木 愛オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/blogvirina/
★書籍『hot mama』カレン・サマンソン著/青木 愛訳
http://www.virinamaternity.com/SHOP/bo06ss87.html



ファッション誌でキャリアを積み、結婚、渡米。
憧れのUS版『エル・ガール』編集者に

南麻布の閑静な住宅街の中にあるオフィスを訪れると、そこにはハイセンスでありながら機能性にもすぐれた色とりどりのマタニティウェアがぎっしりと並べられている。今回、登場してくださる青木 愛さんが代表を務めるヴィリーナ ジャパン 株式会社はマタニティウェアの専門サイト「ヴィリーナ マタニティ」を運営するIT企業。マタニティから産後のパーティシーンまで、ママのライフスタイルにずっと寄り添ってくれる、“オールインワン”の服を提供している。現在、青木さんはヴィリーナの業務以外にも、ママ向けセミナーの講師として活躍したり、数々の雑誌の取材を受けたり、と多忙を極める毎日を送っている。しかし、日々の疲れなど微塵も感じさせず、それどころか、つぶらな瞳の奥からはつねにエネルギーが溢れているような、そんな印象を受ける。

じつは起業する前はファッション誌の編集者だった青木さん。幼い頃からファッションが大好きだった。中学の頃からの愛読書『エル・ジャポン』は、創刊号から読みつづけていたという。

「毎号、2冊ずつ買っていました。1冊は保存用で、1冊はコラージュ用です。自分の好きな服やモデルさんを切り抜いて、自分流に再編集したりしてね。その頃はまさか自分がファッション誌の編集者になるとは思っていなかったけれど、将来はファッションに携わる仕事がしたいな、という想いは漠然とあったかもしれませんね」

大学卒業を控えた就職活動で、真っ先に門を叩いたのは憧れの『エル・ジャポン』編集部。しかし、経験者の採用枠しかないということで断られてしまった。肩を落としつつも出版社に的を絞って就職活動を行った末、婦人画報社(現アシェット婦人画報社)に採用され、当時創刊して間もなかった『ラヴィ ドゥ トランタン』編集部に配属される。その後、『ヴァンサンカン』、『ヴァンテーヌ』の編集部をわたり、ファッションの楽しさを世の女性に伝えてきた。

「自分には服を作ることも、写真を撮ることもできないけど、何かいいモノや情報を探してくることは得意でしたから。それを人に伝える編集というお仕事は、本当に楽しかったですね」

青木さんはどんどん、ファッションエディターの仕事にのめり込んでいった。一方、プライベートでは26歳で結婚。しかし、結婚後、すぐに夫がNYへの2年間の留学が決まり、夫婦離れ離れの生活を強いられることとなる。その間も青木さんはファッション誌編集者として着々とキャリアを積んできたものの、1年を過ぎた頃にその生活に限界を感じてしまった。

「休職し、留学生活中の夫を追って渡米することを決意しました。当時、アメリカのアシェット・フィリパッキ・メディアの副社長を通じて、これまでの実績が認められてUS版『エル・ガール』のスタッフとして働けることになりました」

インタビュー2、『NYでの妊娠・出産経験』

更新日:2010年4月9日